子どもが小学校で集団いじめにあっていましたが、幸い学校側がしっかり対応してくださり、息子も大丈夫だと笑顔で話しています。
今回の件では、教頭先生や教務主任の先生が中心になって対応してくださいましたが、担任の先生のこれまでの対応について、教頭先生から「遅すぎた、もっと早く気づき対応すべきだった」という声が聞かれました。
そこで、今回私の経験も含め、些細な事のうちに対応する大切さについて書きたいと思います。
自殺未遂の経験
私は小学校低学年の時に自殺未遂をした経験があります。
自殺未遂と言っても、可燃ごみの袋を頭からかぶっただけですが、
可燃ごみの袋を首の所でしぼって大泣きしていましたから、
死にたいと思った事と、息苦しさと結露でベタベタになった記憶は今でも鮮明に残っています。
幸い高所から飛び降りたり、車や電車に飛び込むという方法をとらなかったため、今は幸せに生きておりますが、マンションに住んでいたり、車の多い幹線道路、電車の線路が近くに通っていたら、今の私はいないかもしれません。
自殺未遂の動機
大人になった今となっては本当に些細な事だと思える事で、幼かった私は自殺したいと考えてしまいました。
大人にならなくても、中学生になる頃にはそんな事でと思えるようになっていました。
私が自殺したいと思った原因は「悪口」です。
生まれつき面長で頭がでかいため、
物心がついた頃には、「宇宙人とか火星人」と言われていました。
今となっては「そんな事」で死のうとするか?と思えますが、
学校から下校し、庭で洗濯物を取り込んでいた母を見て、
「僕は宇宙人なの?生きていちゃいけないの?」と、
大声で泣きながら叫んだ記憶が残っています。
母は走って私の前へくると、
地面にひざをつき、
私を抱きしめて、
「ごめんね、ごめんね。」
と泣いていました。
些細な事の積み重ね
集団いじめの怖さ
上記の通り、私は些細な悪口で死にたい思い、そのように行動してしまいました。
1対1であれば、些細な悪口でも、それがみんなから言われると、幼い心は直ぐに疲弊し、刷り込まれてしまいます。
集団極性化と傍観者効果
この記事を読んで見える方であれば聞いた事があるかもしれませんが、
集団いじめになると、集団極性化と傍観者効果で、いじめがエスカレートしやすくなります。
いじめるつもりはなくて、冗談でからかったつもりでも、周りの子が真似をしはじめると、その子の意図に反して、悪口がエスカレートしていきます。
最初は悪口を言うつもりがなかった子も、悪口を言う子が増えていくと、多数派に引っ張られてしまいます。
また、いじめが悪いことだと思っていても、多数派をとめられる子は少なく、みんなもとめないから、自分もとめないという連鎖が起こり、見て見ぬふりが普通になってしまいます。
そのような状態で、誰か1人が物を投げつけたり、暴力を振るえば、あっという間に集団暴行までエスカレートする可能性も高くなります。
まとめ
いじめで自殺まで追い込まれてしまう事件がなくなりません。
自殺までエスカレートするなんて、どんな経緯があったんだろうと思われる方も多いと思いますが、始まりは軽い冗談だった可能性があります。
集団心理でエスカレートする前に、対応することが大切です。
軽い冗談が自殺にまで発展する可能性があること、軽い冗談を見逃す事が、加害者にも被害者にもなる事を忘れないようにしましょう。

